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クローン病専門医座談会

抗TNFα抗体療法の歩みとこれからを語る

クローン病治療における抗TNFα抗体療法10年の変遷と、
これからの展望についてクローン病専門医の方々にお話しを伺いました。

クローン病専門医座談会 抗TNFα抗体製剤の歩みとこれからを語る
ご出席の先生方(写真左から)

東邦大学医療センター佐倉病院 内科学講座

教授 鈴木 康夫 先生

兵庫医科大学内科学 下部消化管科

教授 松本 譽之 先生

北里大学北里研究所病院 炎症性腸疾患先進治療センター

センター長 日比 紀文 先生

医療法人錦秀会 インフュージョンクリニック

院長 伊藤 裕章 先生

2012年9月現在

抗TNFα抗体療法登場までのクローン病治療
松本 譽之 先生

松本:抗TNFα抗体療法が登場するまで、クローン病患者さんは、病状が悪化すれば腸を安静に保つために入院し、絶食&高カロリー輸液の投与を受け、病状が安定すれば、外来で食事制限を行いながら成分栄養剤による栄養療法をがんばるのが一般的でした。

鈴木:松本先生のおっしゃる通りで、当時は、クローン病に対する治療薬はステロイドのほかに5-ASA製剤ぐらいしかなく、しかもステロイドは長期に使用できないため、当時は栄養療法に一生懸命取り組んでいました。

日比:しかし、栄養療法や薬物療法をいくらがんばっても、腸管の炎症そのものも、痔瘻や皮膚瘻などの合併症も十分に抑えられない患者さんも多く、治療に難渋していました。

クローン病治療への抗TNFα抗体療法導入のインパクト
伊藤先生

伊藤:そのようななか、抗体療法が少しずつ話題にのぼってくるようになり、1993年に、Lancet誌で、世界初のクローン病に対する抗TNFα抗体製剤投与症例が発表されました(Lancet. 1993 Jul 17;342(8864):173-4)。 その時、クローン病に対して抗体療法を行うという新しい時代がくると感じたことを覚えています。

日比:一方で、抗体療法に対しては、TNFαにしろ、IL-6にしろ、免疫系、しかも、炎症性のサイトカインを1つだけ抑えることにより効果を得られるのか、あるいは副作用などの問題が起こらないのかといった疑問や不安がありました。ところが、パイロット試験で、実際に抗TNFα抗体製剤をクローン病患者さんに投与してみると、症状がすみやかに改善される方が多くいらっしゃって、驚いたことを覚えています。

松本:日本でクローン病に対する抗TNFα抗体療法の臨床試験が始まった時期は海外と大差がなく、海外データもあまりない頃でした。そのため、私たちも、「抗TNFα抗体療法の長期安全性は大丈夫か」などの不安があり、実は日本での臨床試験がなかなか進まなかったのを記憶しています。 当院も臨床試験に参加したのは1例のみでした。幸い、何事もなく、かなりの効果が得られたので、すごく安心したことを記憶しています。

伊藤:私たちは臨床試験の時に2例の患者さんを受け持ちました。1人は主に腸管炎症型で肛門病変を合併した栄養療法が難しい患者さんで、もう1人は、海外旅行中に再燃し、腸閉塞となって緊急帰国された患者さんです。いずれも抗TNFα抗体療法で良くなられ、期待通りの効果が得られる治療法だと感じました。

日比 紀文 先生

鈴木:私たちも臨床試験で初めて抗TNFα抗体療法を3名に行ないました。どの患者さんにもよく効いたので、当時の状況は印象深く覚えていますね。

日比:患者さんも効果を強く実感されていて、例えば、抗TNFα抗体製剤の効果が薄れてくる投与前になると、「調子が悪くなってきた」と言われる方がいらっしゃいます。このことは、抗TNFα抗体製剤が炎症をきちんと抑えていることを意味しますが、言い換えれば、慢性的に炎症がある患者さんは非常につらい思いをされているということです。私は抗TNFα抗体療法を行うようになり、クローン病治療では炎症をしっかり抑えることが大切だとあらためて痛感しました。

クローン病に対する抗TNFα抗体療法の有用性
鈴木 康夫 先生

鈴木:クローン病は、栄養療法を含めて食事を厳しく管理しなければならないことをはじめ、悪化すれば入院を余儀なくされ、若い患者さんでは就学、就労に問題が生じるなど、日常生活にさまざまな障害をおよぼし続ける病気でした。このような状況を大きく改善したことが、抗TNFα抗体療法の有用性だと考えています。具体的には、入院が少なくなり、外来でコントロールできることや、食事を厳しく管理しなくてもよくなることなどです。

松本:実際、ここ7~8年間の当院でのクローン病の入院患者さんを調べてみると、クローン病発症後5年ぐらいまでの患者さんはあまりいらっしゃらず、ほとんどが発症後10年以上の長期経過例で、抗TNFα抗体療法が登場した時点で、すでに腸管合併症や腸管切除歴のある患者さんでした。一方、抗TNFα抗体療法登場後、より早期から導入した患者さんでは、入院が明らかに減っていますし、QOLも大きく改善しています。

伊藤先生

伊藤:何より、就学、就労、それに結婚、出産などが可能になり、患者さんが人生を前向きに考えられるようになったことは、特筆すべき抗TNFα抗体療法のメリットだと考えています。 実際、当クリニックには6名のお母さんがおられ、いずれも抗TNFα抗体療法を受けながら出産され、育児をされています。 ある方は新婚時代にクローン病を発症され、妊娠・出産をあきらめられておられたのですが、当クリニックで抗TNFα抗体療法を開始したところ、病状が落ち着き、前向きに妊娠を考えられて、治療開始2年目に1人目のお子さんを授かられました。

鈴木:当院にも抗TNFα抗体療法を受け、妊娠・出産された方が数名いらっしゃいます。そのなかには、抗TNFα抗体療法を受けられる前まで、妊娠どころか、結婚さえもあきらめていた方がいらっしゃいます。

松本:私も、印象深い症例として、抗TNFα抗体療法を試したところ、2ヵ月程度で病状が良くなり、以後、免疫抑制剤のみの治療で再発なく、病状が良好にコントロールされ、クラブ活動をするなど充実した学生生活を送るようになった16歳の男の子を思い出します。若い患者さんが多いクローン病において、抗TNFα抗体療法の果たす役割は大きいと感じています。

抗TNFα抗体療法登場により確立された新しい治療戦略
日比 紀文 先生

日比:抗TNFα抗体療法がクローン病治療に導入されて10年経った今、中等症以上では、治療の中心が抗TNFα抗体療法になったように思います。

松本:当院は、重症例の紹介が多いこともあり、抗TNFα抗体療法などの生物学的製剤の使用が相対的に増えていて、5割以上のクローン病患者さんが生物学的製剤を使用しています。 狭窄、内瘻などの腸管合併症を多く抱えるようになると、抗TNFα抗体療法を行っても症状の改善効果が十分得られなかったり、膿瘍ができたりすることもあります。そこで、重症度の高い患者さん、治療開始の段階で腸管合併症を有している患者さん、栄養療法を受容できない患者さん、ステロイドを使用したくない患者さんなどには、患者さんと相談の上で、発症早期から抗TNFα抗体療法を試みるトップダウン療法を行うことがあります。これまで60名ほどにトップダウン療法を行ってきて、比較的良い結果が得られています。 ただし、トップダウンでもステップアップでも一部の症例で効果が減弱する場合があることから、これに対処するために用法・用量の調節が保険診療でも可能となりました。 今のところ、私たちは経験的に、抗TNFα抗体療法開始14週目あたり、おおむね3ヵ月以内に治療効果が落ちてくる患者さんはその後も効果が減弱する傾向になりやすいと考えており、その段階で用法・用量の調節を試みるようにしています。

伊藤:効果減弱については日比先生が中心になってまとめられた報告があり、そこでは、抗TNFα抗体療法開始1年後に寛解を得られていない症例は、14週目あたりのCRPを見れば予測できるという結論が示されていました。それを参考に、私も14週目あたりでCRPをチェックし、上昇していれば倍量投与を試みるようにしています。

鈴木 康夫 先生

鈴木:現実には、瘻孔と狭窄が併存しているなど、長期経過で合併症を多く抱えていて、抗TNFα抗体療法を行なっても効果が得られにくいクローン病患者さんがいらっしゃいます。そのため、私たちは、可能な限り、瘻孔や狭窄を外科的(開腹手術、腹腔鏡手術)に取り除いて、その約2週間後から抗TNFα抗体療法を開始するリセット療法を行うようになりました。実際、その後の経過は良好な人が多く、術後再発はかなり抑制されているように感じています。

伊藤:当クリニックでも、内科的治療ではコントロールが難しいと判断した場合、鈴木先生の提唱されるリセット療法を行うようにしています。その結果、再手術はほとんどなくなりました。

日比:また、抗TNFα抗体療法で炎症が抑えられると、小腸にあった潰瘍が治癒後瘢痕化して、その部分が徐々に狭くなること(狭窄)が懸念されています。しかし、たとえ狭窄が起きても短い狭窄が多く、内視鏡でのバルーン拡張治療でそこを広げることが可能です。そのため、抗TNFα抗体療法+バルーン拡張・内視鏡治療により、以前のような入院を必要とする手術はかなり減ったという実感があります。

伊藤:今では、クローン病患者さんが入院するのは手術の時ぐらいではないかと思うほど外来治療が基本となったことが、抗TNFα抗体療法登場による治療戦略の大きな変化だと思います。 実際、私は入院施設を持たないクリニックの開業に踏み切ったほどです。

10年かけて確立された安全性
松本 譽之 先生

鈴木:抗TNFα抗体療法が導入されて以後、今日まで大きな副作用を経験することもありませんでした。その背景には、抗体療法に対する疑問や不安が多い時代のなか、抗TNFα抗体療法の効果を目の当たりにした皆が、この薬をなくしてはいけないと慎重に使ってきたことがあると考えています。

松本:日比先生がまとめられたPMS(市販後全例調査)の報告により、抗TNFα抗体療法の基本的な安全性プロファイルが把握できたことも、抗TNFα抗体療法を適正に使用することに繋がっていると思います。

患者さんへのメッセージ

日比:私たちは、これまで日本で蓄積した安全性データや有効性エビデンスを基に、抗TNFα抗体療法について患者さんが抱かれるさまざまな疑問や不安にお答えすることが可能です。遠慮せずに、主治医に何でも聞いて、十分に説明を受けた上で、患者さん自身が納得した治療を受けていただきたいと思っています。

松本:クローン病は治療のスパンが長いので、自分が納得した治療から始めることが大切です。当院は以前から、栄養療法を積極的に行っていた施設でしたので、栄養療法を希望される患者さんに対してはそれから始めています。とはいえ、抗TNFα抗体療法を必要以上に怖がることはなく、悪化した時には迷わずそれを試み、担当医の指示通り使い続けていただきたいと願っています。

伊藤:抗TNFα抗体療法の登場により、これまであきらめていたことができるようになった患者さんが少なからずおられます。また、この領域の研究はものすごいスピードで発展しており、私たちはそうしたことをきちんと勉強して、どのように使用すれば患者さんのメリットをより大きく、デメリットをより小さくできるかを考えながら治療にあたっておりますので、積極的に抗TNFα抗体療法を受けていただきたいと考えています。

鈴木:抗TNFα抗体療法はクローン病の新しい治療の方向性を示してくれ、今はそれに続く治療法が次々と開発されつつあります。クローン病そのものは難しい病気であることに変わりありません。しかし、私たちはまったく新しい段階の治療法を手にし、完治は難しくてもそれに近いレベルを達成できるようになったと考えていますので、ぜひ真正面から抗TNFα抗体療法に向き合ってもらいたいと思っています。

日比:実は、私は大学を卒業して以来、クローン病治療に携わっていて、その当時、患者さんに「30~40年後には完全に治す薬剤がでるよ」と言っていました。残念ながら、今はまだクローン病を根本的に治す薬剤を手にしていないので、その域には達していません。しかし、炎症がない状態を維持できるようになりましたので、まずはそれをめざして、患者さんと相談しながらさまざまな工夫をしていきたいと考えています。